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26日目

09 25, 2014 | 探索日誌

「いつまで寝ているの?もうご飯よ。」


その穏やかな声を聞きながら、カネルは寝床で更に丸くなった。
そろそろ起きなければと目に何度か力を込めるけれど、妙に気怠くてたまらず、毛布を掻き抱く。
遠くでカチャカチャと食器を運ぶ音がした。
香ばしいパンの香り。
今日はトマトのスープだろう。
食卓の様子をありありと思い浮かべながらも、再び睡魔にとろとろと引き込まれる。


「こら、いい加減にしなさい!」


母が怒気に笑みを混じらせたような声色で毛布を剥いだ。
いよいよ起きなければと、身体を起こした。
大きなあくびをして、今行くよ、とまだ覚醒しきっていない身体を揺らしながら寝床を後にした。

洗面を済ませてから食卓に着くと、父も同じタイミングで席に着いた。
今日は早朝に狩りがあったらしく、今まで武器の手入れをしていたようだった。


「父さん、次の狩りは僕も行くよ!」


意気込んで言うと、父はそうだなと笑った。


「そろそろお前より年下の子供達が狩りに出始める時期だ。
 その時は手本を示すんだぞ。」


その言葉に、カネルの表情はぱっと明るくなった。
今まで自身が最年少だったから、いよいよ後輩が出来ると思うと嬉しいし、誇らしい気持ちになる。
勿論、と返事をした所で母が食卓に着いた。


「食事の時くらい、狩りから離れなさい。さぁ、召し上がれ。」


母の言葉に父とカネルは同時に返事をして、また笑った。

暖かな家、暖かな食卓、大切な家族。
よく遊び、狩りをして、そうして日々を繰り返す山猫の里。
きっと明日もこうして寝起きし、暮らしていくのだろう。

あぁ、幸せだな、とカネルは食事をしながら思った。
幸せすぎて、何故だか無性に苦しくなった。
目の前に両親がいることがとても愛しく思えて、視界が揺らぐ。
触れられる距離に両親がいて、笑いかけてくれることが切ない。
この感情がどこから沸き上がるのか不思議で、苦しくて、誤魔化すようにスープを口に運んだ。


「…おいしい。」


言葉と同時に、涙がこぼれた。


「なつかしい、味がする…。」


それは何故だろう。
つい最近も食べた筈なのに、もう長いこと食べていない気がした。
両親は不思議そうな顔をして、まだ夢の中にいるのねと笑った。

——夢。

はらりと、世界がほぐれる音がした。


「…母さんは、料理が上手だね。母さんに料理を習っておけば良かった。」

「馬鹿ね、今からだって習えるじゃないの。」


涙がぱたぱたとスープに落ちて、波紋を作る。
心臓は早鐘を打っているのに、頭は凪いだように穏やかだった。


「父さんに、もっと狩りを教わりたかった。
 どうすれば上手く狩れるのか、教わりたいことはまだまだあったんだ。」

「…お前は、これから学んでいけるよ。狩り以外のことも、沢山。」

「ここで、父さんに…教わりたかったんだ。」


——もう叶わないけれど。

目を閉じてからもう一度目を開くと、暖かな食卓も家も消え去っていて、
青い草が絨毯のように敷かれている場所で両親と向かい合って立っていた。
夢のように綺麗な草の絨毯は所々盛り上がっていて、その下には眠る人がいる。
あの日、狼達の手を借りて仲間の亡骸をここに埋めた。


「守れなくてごめん。ごめん…父さん、母さん……。」


これは夢だと理解しながらも謝らずにはいられなくて、涙が零れる。
両親はあの頃の姿のままなのに、自身はあの頃より背が伸びた。
その変化も、無性に悲しかった。


「もう良いのよ。お前が謝ることなんて、何ひとつ無いの。」


母が囁く。
ひたすらに優しい声に、涙が止まらなかった。


「前を見なさい。もう立ち止まる時は終わったんだ。
 誰かを生かすことだけを考えるのではなく、共に生きる強さを持ちなさい。」


父の無骨な手がカネルの髪を掻き混ぜてから、腕を引いて抱き留めた。
両親の腕の中は温かくて、森の木々の匂いがした。
最後に見た両親は血にまみれていたし、ぞっとするほど冷たかったから、その温もりに息が詰まる。

…あぁ、そうか。
守ると言いながら傷つくことで、守れなかった自身を罰した気になっていたのかも知れない。
守ると言いながら、自己満足に浸っていた。
——子供だった。


「仲間を大事にして、仲間が大事に思ってくれるお前も大事にしなさい。
 お前なら出来る。」

「私達の自慢の息子だもの。」

「…約束するよ。
 もう、命を軽んじたりはしない。」

「だから、安心して…見ててよ。」


カネルがはっきりと言うと両親は小さく頷いて、それから力いっぱいカネルを抱きしめた。


「     」


そしてカネルの耳元に優しい囁きを残して、夢は白い花弁となって風と共に消え去った。


***


「と、…さん、か、ぁ、さん……」


眠り続けるカネルの傍らで、マハはカネルが涙を零すのを見た。
両親の夢を見ているのか、時折苦しげに胸を上下させている。
敵に切り裂かれた、肩から背にかけての傷が痛ましい。
うつ伏せの形で寝かされているから、涙は片方の目に流れ込んでから、大きい雫となって枕に染みていった。

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