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8日目

09 08, 2013 | 探索日誌

――それは、最近ではないけれど遠くもない記憶。



深々と降る雪は、既に踝が隠れるほど積もっていた。
今冬になって初めて降る雪は村の機能を麻痺させて、しかもそのせいで狩りに出ていた男達は帰村に手間取っている。
例年よりも大幅に早い冬の訪れに嘆息しながら、狩りに出た一行は夕闇迫る中で帰村を急いでいた。
一行の中には明らかな子供が幾人か混じっていたが、それは山猫族の常況だった。
山猫族は老若男女問わずして狩りに出るがその主力は男であり、その指導もまた男の役割だった。
それだから、今回の狩りもまだ慣れていない子供たちを連れている。
帰村に手間取っているのは、手際と足の速さも重なっているからかも知れなかった。

「待て!」


もう間も無く村だと言う所で、最前を歩く者が一行を制するように立ち止まった。
自然と耳を澄ます形になれば、遠くで発砲音が聞こえた。
それとほぼ同時に幾人かの男が駆け出し、残った大人が子供たちを制した。


「俺達は今から村の確認に行く。お前たちは大樹のうろの中にいろ。
 村外にいる時に村に何かあればそこに隠れろと教わったな。
 半日経っても誰も来なければ、うろの通路からお前たちだけで逃げ延びろ。村に戻ってはいけない。」


それだけを言い置いて、男は駆けて行った。
残された子供は四人。
誰もが神妙に頷いてから男達が放り出した獲物を持てるだけ担ぐと、大樹の元へ駆け出した。
子供たちは、足跡を辿られないように時折川沿いの砂利道や川に足を浸して蛇行しながら進んだ。

駆けながら、山猫の少年――カネルは、後ろ髪引かれる思いで唇を噛んだ。
先ほどの発砲音は人間の襲撃を意味している。
主力の男達が不在の頃とは言え、山猫族を襲撃するとなれば戦力は万全な筈だ。
村に残った者達が襲撃前に気づき戦闘なり逃げたとしても、全員が無事だとは到底思えなかった。


「カネル、お前もはやく入れ!」


頭上から声がした。
いつの間にか目的の場所に来ていたらしい。
大樹のうろへの入り口は高所にあるから、一人ずつ登ったのだろう。


「うん。…みんなは無事かな…。」

「父さんたちが向かったんだ、きっと大丈夫だ。」


うろに身体を滑り込ませると、妙に温かなうろの中が悲しく感じられる。
ここで何もかもが終わるのを待たなければならないのかと考えると歯がゆく、辛い。
家族や仲間が今まさに息絶えているかもしれないのに。
それでも飛び出すことを我慢出来たのは、一人では無かったからだろう。

――しかしその我慢も、二時程で限界を迎えた。
うろの中で顔を突き合わせ、大人に従うべきだと言いながらも心細さが勝って、斥候を立てることに落ち着いた。
浅慮だと思いながら、何かせずにはいられなかった。


「…僕が斥候に立つ。僕が一番足が速いし、一番年上のタリハはこいつらを守ってやって。
 僕が一時で戻らなければ、村は諦めよう。」

「でも、おとうさんが村に戻っちゃだめって…!」

「…お前たちは無事を祈ってて。」


腕にすがってくる幼い仲間の頭を撫でてから、カネルは大樹を後にした。
自身も十分幼いけれど、より幼い者たちを見ると幼さを捨てなければならないような気がする。
大人たちの命令を守れないというのは十分子供なのだけれど、立ち止まれる程大人にもなれない。

カネルは細い糸のような息を吐いて駆けながら、村の方角を仰ぎ見た。
いくつも立ち昇る煙は、見慣れた光景だ。
家族が待つ家がある場所。
いつもならこの時間には料理屋は賑わって、酒場はそろそろ開く頃だ。
母は料理をしているだろうか。
でも、今日のあの煙は――。

涙が零れそうになるのを我慢しながら、村を一望できる木に駆け登った。
どくどくと早鐘を鳴らす鼓動は、駆けて来たからではない。
カネルは冷たい幹に身体を寄り添わせながら、自身の村を見下ろした。
山腹の木々の間を縫うように作られた山猫の村。
山と共に生きているだけの村だったのに。
夜目のきく獣の瞳に映ったのは、焼かれて炭になった家々と、道々に倒れた仲間たちだった。
燻った炎が村を朱に染めて、微動だにしない仲間の影だけが炎で揺らめいた。


「…うそだ。父さん、母さん…!」


堪え切れずに溢れた涙は頬を焼くように熱くて、息をすることも忘れそうだ。
目眩とともに崩れ落ちそうになりながら、思うよりも先に木から飛び降りると村へ駆け出していた。
村を捨て置いて大樹に隠れる仲間のもとに戻らなければとも思うのに、心はそれを選べなかった。

駆けながら目に入ったのは、侵入者避けの仕掛けだった。
――雪だ。
雪が音を吸い、冷たさは嗅覚を麻痺させて、侵入者避けの仕掛けは雪に埋もれて機能しなかった。
だから応戦する時間も、逃げる時間さえなかった。

闇に紛れるように足音を殺して村に入ると、炎が爆ぜる音だけが響いていた。
鼻につく焦げた臭いの出処を思えば吐き気が込み上げてくる。
ふらふらとした足取りで自身の家に辿り着くと、人の気配がないことを確認してから室内へ滑り込んだ。
家が焼けていないことに安堵しながらも、夜なのに明かり一つ灯されていない室内に鼓動は早まるばかりだ。


「……母さん?」


入口付近に倒れている影に駆け寄ると、ぬる、と液体を踏む感覚がした。
その液体の出処は――。


「みぃつけた」


背後からの声に振り向くより先に、鋭い音と共に左足に衝撃を受けた。


「うあっっ!!」


衝撃で床に転がると、鉄の臭いのする液体が頬に触れた。
体勢を立て直しながら声の方向を見ると、こちらに銃を構えた人間の男が立っていた。
男はいかにも善良そうな笑顔を浮かべていて、それなのに銃を構える動作は隙がない。
少しでも動けば撃つと、その目が言っている。
左足は銃で撃たれたらしく、徐々に痛みが這い上がって来た。


「この家、子供の服があったからね?待ってたよ。お帰り。
 あぁ、それとも家のどこかに隠れていたのかな?」

「他の場所で死んじゃったかなって心配してたんだ。
 でも待っていて良かったよ。」

「きっと戻ってくる奴らがいるから潜んでいようって話してたんだよ?」


妙に饒舌な男は銃を構えたままゆっくりと近付き、それから足元の塊を、つい、と転がした。
塊は重たげに転がって、そのカネルと同じ色の髪が血の海にびしゃりと落ちた。


「母さん!母さん!!お前、その足をどけろ!!!」


泣き叫ぶカネルに、あぁやっぱりと男は満足気に笑んだ。


「ここは折角良い山なんだから、俺達にちょうだいね?」


――そんなものの為に一族を殺すのか。
カネルは思いながら、男を睨みつけることしか出来なかった。
男が、おやすみ、と付け足してから指先に力を込めようとした瞬間、外から叫び声が聞こえた。
ばたばたと駆ける音、発砲音、命乞いする声。
突然の異変に男がたじろいだ瞬間――


「うわあああッ!」


男の悲鳴と同時に、何か生暖かいものがカネルの顔にかかった。
それが何か解るよりも早く、濃い鉄の臭気が鼻をつく。
眼の焦点を合わせれば、目の前の腹からは血塗られた手が突き出ていた。
向けられていた筈の銃は床に転がっている。
衝撃で落としたのか、叩き落とされたのか。
鋭い爪を生やした手は腹から即座に抜かれたが、ぽっかりと開いた穴からは夥しい量の血が溢れた。
手を引き抜く時に引っ掛けたのか、その臓腑がだらりと垂れ下がった。
人間はそれでもまだ生きていて、声にもならない音を喉からひりだしながら魚のように口をぱくつかせている。
そうさせた張本人はその姿を見ようともせずに、煩わしげに腕を振って血を床に散らした。


「もう少し成長しないと、心臓に手が届かないな。」


どこか悔し気な声はまだ幼い。
事実、目の前に立っている少女はカネルより三・四歳上ぐらいだ。
少女は少女自身の倍は生きていただろう人間を見下ろすと、からりと笑った。


「苦しませるのは狼族としては本望ではない。許せよ。
 だが、賢狼の一族を敵に回したことは悔いるがいい。」


その声が耳に届いたか解らぬ内に、男は目を見開いたまま絶命したようだった。
カネルは声も出せないままに少女を仰ぎ見た。
黒い髪を二房に束ねた――狼。
血塗れた少女は漸くカネルに気づいた様子で、目を瞬いた。


「なんだ、生き残りか。」


少女の一言で、一族の大半が死に絶えたことをカネルは知った。
恐らくそうだろうと気づいていたのに、淡い期待を抱いていたのだ。
それでも自身のように数人は生き延びているだろうか。


「…怖くて声も出ないか?…いや、頭が追いついていないのかな。」


少女は観察するようにいくつか言葉を吐いてから、ふと戸外に鋭い視線を向けた。


「――声が止んだな。一通り終わったようだ。存外、早く終わったな。
 …お前、名は何という。まさか名も名乗れないほど幼くはないだろう。」


「…カ、ネル…。」


久方ぶりに聞いた気がする自身の声は、妙に嗄れて呼気ばかりが多く交じっていた。
少女はそれを笑うでもなくカネルの前にしゃがみ込むと、血が滲むカネルの脚を見聞した。
少女の黒髪がさらりと肩から零れて、カネルの鼻先を掠めた。
冬だというのに、濃い緑の匂いがした。


「カネルか。私はマハだ。
 …撃たれたのは足だけか。弾は抜けているな。止血するから痛むぞ。」


「ぐ、ぁっ…!!」


返事をする間もなく傷周りの布を裂かれたかと思えば、次の瞬間には布で強く締め上げられた。
呻きながら思わずマハの腕を掴むと、破れた箇所から覗く相手の腕にも傷があった。
自分の手当を先にしないのかと思いながら傷を見ていると、それに気づいたマハは小さく笑った。


「大した傷じゃない。マハが未熟だからついただけだ。
 お前もまだまだ未熟だ。せめてマハのようにもっと強くなると良い。…大事なものを守れるくらいな。」


マハはどこか淋しげに言ってから視線を外すと、絶命したばかりの骸の側に落ちた帽子に目を留めた。
一瞬目を見開いたかと思えば、のろのろと近付き、帽子を拾い上げた。
帽子は滑らかな毛皮で出来た防寒用のもので、ふさふさとした尾飾りがついている。


「あぁ、こんなところにいたのか…。」


ぽつぽつと呟きながら、マハは少し前の出来事を思った。
――狼族の村で五歳に満たない子供が消えたのは、まだほんの十日ほど前のことだった。
足取りは川の付近で途絶えて、その代わりに人間の足跡と火薬の臭いが残されていた。
人型と獣型とを上手く切り替えられない子供は、恐らく逃げながら獣型になったのだろう。
逃げ惑い、そうして仕留められた。
亡骸が残されていなかったから、こうなっていることは予想していた。
切なく思いながら柔らかな毛皮を優しく撫でてやると、くすぐったそうに笑う子供の声が思い出された。


「…狩人共をここに追い込んだ訳じゃないことは伝えておく。
 マハ達は狩人達を追っていたけど、狩人達はマハ達に気づいてもいなかったし、真っ直ぐにこの村に向かっていた。
 元々の目的地がここで、その道すがらたまたまマハ達の土地を掠めていったんだろう。」


カネルはじくじくと痛む足を押さえながら、マハが嘘は言っていないだろうと感じていた。
言葉の端々からは悔しさが滲んでいたからだ。


「マハは帰る。弔いはお前たちで済ませるのが良いだろう。
 弔いは残された者の心に区切りをつける。それは必要なことだ。」


カネルはその言葉に思わず瞬いて、そしてそんな自身にまた驚いた。
狼達は仇を打ってくれた。
助けてくれた。
それで十分な筈だ。


「ありがとう、ございました。」


深々と頭を下げれば、涙が床にぱたぱたと落ちた。
マハはその頭を乱暴にくしゃくしゃと撫でて、尾を揺らして出て行った。



***



あの出来事から、どれほどの時が経っただろうか。
山猫の少年――カネルはそう思いながら、マスティハの数歩後を歩く。
気づけば遠くへ来たものだ。

マハ達灰色狼の一族に助けられたけれど、山猫の一族はその大半を欠いた。
犠牲者の弔いさえ狼達の手を借りて漸く、簡素すぎる弔いで精一杯の有り様だった。
村としての機能は失われていて、しかも人間に住居を知られたとなると移動しなければならなかった。
ある者は遠方の親類を頼って村から去ったし、ふらりと出て行って二度と帰らない者もいた。
それ程、山猫の一族は痛手を負ったのだ。

襲撃の数日後に移動する事になった。
ただでさえ怪我人が多い中で自身は足に怪我をしていたから、足手まといになると難儀していたところ、再び狼達がきた。
狼達も居住地を知られたかもしれないと移動する事にしたらしい。
山猫には怪我人も多いだろうからしばらくの間ついて来たければ来い、と言ったからそれに甘えるものも多かった。
狼とは今まで交流が無かったけれど、助けて貰った直後だからかその好意を素直に受け取ることが出来たのだと思う。

――そして。


「妹が引きあわせてくれた縁だから、お前はもうマハの家族のようなものだ。」


あの日、自身の居場所を貰えたから、今もこうして生きていられる。
だから尚更現状が許せない。
一時的とは言え行動を共にする者の中に人間が、しかも狩人がいることが。
マハは人間だからと全て同じと見るのは愚かしいと言った。
でも、こいつが愚かではないと言えるのだろうか。

ちらと視線を移せば、眼帯の少年が目に入った。
少年が歩けば銃と鉛弾の耳障りな音がして、しかも火薬の臭いがするから否でも応でも存在を消せない。
あの日仲間を殺した武器をぶらさげた人間が近くにいるなんて、気味が悪い。
だから、マハは止めるだろうけど、あれが少しでもおかしな行動をしたら喉を掻き切ってやろうと心に決めている。
人間は愚かで利己的で、排他的な生物だから。


――この世は弱肉強食だ。


守るために強くならなければならない。


「…今度こそ家族を守るんだ。」


呟いた言葉は風に溶けて消えていった。

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