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5日目

08 24, 2013 | 探索日誌

「ご飯は僕が買ってくるよ~。」


そう兎が言ったのは何時だったか。
そしてその時自身は何と答えたのだったか。
今となっては全てが遅く、後悔先に立たずとはこの事だと考えながら、マハは迂闊な自身に腹が立った。


――事の発端は、今より四半刻ほど前のことだ。


街に辿り着いた一行は、その足で夕食を求めて屋台が立ち並ぶ通りへ出た。
食事時である所為か人通りは多く、それなのに治安が悪くは見えないから、街には最低限の法が整備されているのかも知れない。
この分なら休息は取れそうだと警戒を僅かばかり緩めながら足を踏み出そうとした時、ふと腰元に違和感がした。
考えるよりも先に腰に手をやれば、すぐにその理由に思い当たった。

腰に下げた毛皮で出来た雑嚢が緩んで僅かに傾いている。
よくよく見れば雑嚢と腰紐を縫い合わせている糸が切れていた。
先の戦闘で引っ掛けたのかもしれないし、もう大分古いものだから年月による劣化かもしれない。
すぐに直したいが、丈夫な糸の手持ちはなかった筈で、しかも糸を置いている店はそろそろ閉まる時間ではないだろうか。
このまま次の戦闘に出れば無くしてしまうだろうかと思いながら、同時にそれだけは避けなければとも思う。
どうしても、これだけは無くせない。


「マハは買うものを思い出した。マハのことは気にせず食事を取るといい。
 宿も各自で取ればいいだろう。」


それだけを言い置いて踵を返そうとするマハに、ふかもこした耳をぴんと立てながらチェチーリオが声を掛けた。


「え、でもご飯売り切れちゃうかもしれないよ?
 良かったら、マハちゃんの分のご飯は僕が買ってくるよ~。」


気の抜けた声に思わず眉を顰めながら、それはカネルに頼む、と口を開きかけたところで、傍らにカネルがいないことを思い出した。
カネルはカネルで揃えるものがあると、街に入った直後に一行から離れている。
こんなことならその時に必要な物の有無を確認しておけばよかった。


「………じゃあ、任せる。言っておくが、マハは狼だ。
 狼が何を好むかよく考えた上で、美味そうなものを買うんだぞ!」


肉を選べとよく言い聞かせてから、マハは踵を返した。
――それが、四半刻ほど前だ。


…確かに、肉だ。
そう思いながら、マハは笑顔で差し出された器を手に取れないでいた。
器はたっぷりのシチューで満たされていて、立ち上る湯気はいかにも食欲をそそるいい匂いがする。


「お店のおじさんに、大きいお肉入れてくださいって言ったんだよ!
 ね、美味しそうでしょ!」


チェチーリオは武勇伝でも語るかのように自慢気で、初めてのおつかいを成し遂げた子供を想起させる。
それだから余計に違和感がある、とマハは思う。


「…兎が兎肉のシチューを買いに来るなんて、店主はさぞ驚いたことだろうな。」


「そうかなぁ?」


兎のふにゃりとした笑顔を見れば余計に、店主の戸惑いと驚きが綯い交ぜになった表情が浮かぶようで、何とも複雑だ。
草食獣に肉を買えと伝えたのは自身だったけれど、まさか数ある料理から兎肉のシチューを選ぶとは思わなかった。
兎が兎肉を差し出すなんて、仲間を差し出すことと同義ではないのか。


「…お前は兎だろう。既に調理されているとはいえ、仲間を食えと言えるものなのか。
 いや、種は違うかもしれない。でも、確実に違うと言えるのか?
 お前の親兄弟かも知れない肉を、一時的とはいえ行動を共にしている者に差し出すのか。」

「それともお前は、マハが死んだらその肉をまた別の者に食わせたりするのか。
 死んだなら仕方ない、だから別の者の血となり肉となるのが良いことだとでも。」


矢継ぎ早に言いながら、自身の考えも破綻しているとマハは思う。
狼こそが他者の命を奪い、喰らい、そうして生きているのではないか。


「マハちゃん、僕は…」


「…狼は、群れで行動する。群れは仲間であり家族だ。
 マハはお前たちを真実仲間だとは思っていないが、共に行動をする以上、ここは群れだ。
 群れである以上、マハは兎は食べない。
 食べ続ければ餌としか見れずに群れを壊すことになり兼ねない。それこそが愚かだと思うからだ。」

「だからお前のそういう行動は理解出来ない。
 そのシチューは食べられない。」


さわ、と生温い風が吹いてマハの髪を揺らした。
マハは何か思案している様子のチェチーリオから目線を外すと、漸くその手からシチューを受け取った。
器が妙に熱く感じるのは、自身の手が冷えているからかも知れない。


「…こういうことは、初めに言うべきだったかもしれない。マハの落ち度だ。
 でも、マハにとってお前の考えが予想の範疇外だったように、その逆もあることは心に留めておいてくれ。」


それから、と付け足してもう片手で硬貨を相手のポケットに押し込んだ。


「まぁ、手間を掛けた。」


マハが幾分か小さな声で呟いて器を持って歩き出そうとすれば、慌てたようにチェチーリオが声を掛けた。


「待って!…それ、返しに行くの?僕が行くよ!
 それか、お店まで案内……」


「必要ない。マハは狼だ、それくらい解る。この雑踏の中でお前も見つけただろう。」


どこか自慢げに言って数歩進んだ所で、ハッとしたようにくるりとチェチーリオに向き直った。
その眉間には深々と皺が刻まれている。


「…言っておくが、マハはまだ仲間と認めた訳ではないからな!肝に銘じろよ!」


言い切った、と言う顔で今度こそマハは雑踏に消えていった。
ぽかんとするチェチーリオの呟きを聞かないままに。


「……まだ、かぁ。」


まるでそう思う未来があるみたいだ、と思わず笑う声も、雑踏にかき消されてマハの耳には届かなかった。



チェチーリオサイドに続く

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