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0日目

07 15, 2013 | 探索日誌

木々に囲まれた只中で、黒髪の少女が膝を折るように屈みこんでいた。
葉を透けて差し込む陽光が少女を緑色に染めている。
それなのに少女の指先や口元は異様なほど赤く濡れていた。

少女は獲物の首元に鋭い牙を立てていた。
既に逃れられないと言うのに、獲物は悲鳴とも取れない苦しげな音を立てながらまだ足をばたつかせている。
その生命を断つように更に牙を食い込ませると、幾度か痙攣した後に静かになった。


仕留めた獲物の喉元から牙を抜くと、どくどくと血が溢れた。
顎まで滴った血を無造作に手で拭いながら、舌は味を確かめるようにちらりと蠢いた。
濃い鉄の味がした。
先程までそこにあった命は、僅かな痙攣と共に去ったばかりだ。
新鮮なうちに血を抜いて、皮を剥がなければ。
そう思いながら、少女は慣れた手つきで腰に下げた鞘からナイフを抜いた。


これから行くのは初めての土地だ。
人が集まる場所とは聞いているからさして心配はしていないが、いざという時の為にもある程度の食料は必要だろう。
干した肉と薬草くらいは持っていても困らない。


少女は手早く血抜きを済ませると、既に肉塊となったものを担いで歩き出した。


――この世は弱肉強食だ。


歩きながら、少女――マスティハはそう思う。
弱ければ飢え、あるいは食われ、そして淘汰される。
自然の掟とは極単純だ。
自身は誇り高い灰色狼族の者として、強者であらねばならない。


「マハ、おかえりなさい」


声を掛けたのはマスティハより幾らか年若い山猫の少年だ。
現在の拠点としている洞穴の入り口で、干した薬草を革の袋に詰めている様だった。


「カネル、ただいま。」


獲物をどさりと置くと、マスティハは笑んだ。


準備は整いつつある。
もう間もなくこの地を後にして、彼の地へ赴くことになる。
王に反旗を翻すという場所へ。
自身には関係のない場所で、彼の地の民がどうなろうとも明確な光景は想像出来ないというのに。
それでも彼の地へ赴くのは、精鋭を集めていると耳にしたからだ。


マスティハはいつの間にか手慣れた旅支度をしながら、ふと過去に思いを馳せた。


マスティハが生まれ育った灰色狼族の村は冬は極寒だが、夏は新緑眩しい豊かな村だった。
作物はある程度採れるし、湖では魚も採れる。
冬に備えて牧畜をする変わり者もいた。
それでも狩りに出るのは、獣としての性なのかも知れなかった。
灰色狼族は老若男女問わずして集団で狩りに出る。
知略を持ってして気高く、しかし知にも技にも驕らずに心をも鍛錬せよとは、大人達の口癖だった。
マスティハもその例に漏れず、幼くして植え付けられた矜持と共に育った。


幼い頃はそうして大人から世を教わり、成長すれば狩りをしながら自身と世を知り、
そうしていつか自身が親になれば子に世を教えてゆくのだと信じて疑わなかった。
村には年の近い子供は多くなかったが、マスティハには幼馴染がいた。
幼い頃は大人になったら結婚してね、等と淡い期待を相手に伝えたものだった。
幼馴染は少しばかり年上だけれど、自身が十四になって成人する頃には気にならないだろう。
そう、自身には輝かしい未来しか待っていないと、驕っていたのだ。


それだから、成人を数年後に控えたある日に、世間話のついでのように母が伝えてきた事実には心底驚いた。
幼馴染が結婚したこと。
しかも、相手はバツイチ子持ち。
さらに、既に幼馴染の子を宿している、と。


くらり、と目眩がした。
その日のおやつは大好物のミートパイだったのに、一口も食べられなかった。
マスティハは幼くして、弱肉強食を知ったのだ。


「…だからって、結婚相手を見つけて来いと叩き出すのは理不尽だ…。」


独り言ちて、皮を剥いだ肉塊にナイフの刃を立てた。
幼い日の将来計画が木っ端微塵に砕け散ってから日々は過ぎ、気づけば成人、結婚予定皆無という状況に陥っていた。
そこに母からの追い打ちで、旅をすることになった。
しかも一人で村を出た筈なのに、幼い頃に拾った山猫の少年が後を追ってきて、結局二人旅になってしまった。
ままならないことばかりが起きて、それでも今また希望を見つけたものだから、そのまま進むしかない。


――この世は弱肉強食だ。


結婚相手を狩りに――探しに、旅を続けなければならない。
そう思いながら、マスティハは肉を引き裂いた。

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